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竹中工務店 100周年映像の思い出

By 2020年5月29日 No Comments

竹中大工道具館が、昨日5・28から、再オープンした。新神戸駅近くにあるこの土地。竹中工務店が神戸で創業したときに、拠点を構えた地であり、その後は、竹中家が住んでいたなど情報が地元では伝わっているが、どうなのであろうか。実は、私の自宅から徒歩30秒のところにある。中の展示物などは、相当のレベルが高い。一度は、行くべきところである。

縁があったのか、竹中工務店の100周年の記念式典で流す映像を制作させていただいた。1999年のことなので、震災からの復興を描いた。阪神・淡路大震災で、神戸の歴史的建造物が倒壊。その建築物を蘇らせる竹中工務店のドキュメンタリーを追った。

神戸の旧居留地にあった100あまりのビルは被害を受けた。この中で、居留地時代の唯一の建物である旧居留地15番館をはじめ、海岸ビルなども被災した。

私たちは、震災の当時から、建物がいかに復興していったのか、克明に映像で記録した。竹中工務店の方たちは、なるべく、崩れ去った部材などを活用して、耐震性も加え、建物を蘇らせていった。そこには、想像を超える技術力の高さと、綿密な計画、そして執念のような魂まで感じられるものがあった。

このビルは、壊れた石、ひとつひとつに番号をふって、それを一旦、別の場所に移して、そして、元通りに仕上げる、気の遠い作業の連続だった。

建築の竹中。そう呼ばれるにふさわしい仕事だ。私たちも撮影取材しながら、何度も感銘を受けた。今年、こんなイベントがあったそうだ。今年の117日(金曜) 阪神淡路大震災25年「復興を遂げた歴史的建造物巡り」 風見鶏の館、萌黄の館、十五番館などを巡ります。山﨑誠(兵庫県ヘリテージマネージャー、元竹中工務店作業所長)。参加してみたかった。

100周年の記念の復興ドキュメンタリーは、この神戸国際会館の完成で撮影がほぼ終わった。このビルも、当時は異例で、地下と地上を同時進行で建築する画期的なものだった。そして、このホールで歌われたあの歌が、ドキュメンタリーの最後を飾った。

阪神淡路大震災が起きた1995年に神戸で生まれ、今も大切に歌い継がれている曲『しあわせ運べるように』作詞・作曲:臼井 真。

港島小学校の児童たちが歌う歌声に、神戸の復興の景色がオーバーラップする。ナレーションは、懇意にしている窪田等さん、情熱大陸のナレーター。自分で、ナレーション原稿を書いたのに、録音スタジオで、この曲と窪田さんのナレーションを収録するとき、涙が溢れて止まらなかった。

ワールド記念ホールで、竹中工務店の100周年コンサートが開催、朝比奈 隆さん率いる大阪フィルハーモニー交響楽団(大阪フィル)の演奏。亡くなる二年前、杖をつきながらも立って指揮をされた。そして、この復興ドキュメンタリー映像。式典の隅で、同席させていただいた私は、6000人の竹中工務店の方たちの感無量の姿に、また涙が溢れた。家をなくし、母を失った震災から4年の歳月が流れていたその日。私は、かけがえのない仕事を通じて、また大きな宝物をいただいた。

(シナリオライター 早川真)

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